8.読書のススメ


久しぶりの更新になりますが、秋以降塾は3年生の直前講習と2014年度のカリキュラムの見直しに日々奮闘中でした。前回の通信で社会科の学習について記述させていただきましたが、3年生の入試直前講習を進めていくなかでも、社会・国語の基礎学力の低さに愕然とすることがあります。おそらく国語・社会の勉強と言えば、定期テストに向けた勉強を意味し、国語の定期テストで例えば90点をとったとしたら国語は得意科目として認識されてきたのかもしれません(場合によっては親御さんですら定期テストの点数だけで安易な判断をされているケースがあります)。しかし、国語に関して考え違いをして欲しくないのですが、定期テストの国語は本来の国語力を測る何らの基準になりません。なぜなら、学校の授業で一度習った題材をもとにした問題が出るだけであり、読解力や表現力が特になくても、学校の先生の授業をきちんと聞き、いわゆる教科書準拠の問題集や白プリントをしっかり復習すれば普通に点数はでるからです。


本来読解力とは、何の予備知識もない初めて読む文章を自分でどれだけ読み込めるかの力であり、記述力も『筆者の考え方を踏まえて50字以内でまとめなさい』という問題形式でみられるように、自分で文章を組み立て、指定された字数の範囲で簡潔にまとめられる力を意味するものなのです。いずれも一朝一夕で身につく能力ではありません。普段からいかに良質の文章にふれて、書く訓練をしているかが求められます。 では、最近の中学生の読書量はどうでしょうか? かなり個人差があるように思われます。幼いときから本を読む習慣があり、好きな作家の作品を系統的に読んでいるような子の場合、特に意識しなくても読解力がついている場合が多いです。逆に幼い時からテレビを中心とした視覚媒体に接する時間が多く活字に触れる機会が少ない子は、語彙力をつけられる範囲が話し言葉の域をでないため、文章で出てくる言葉の意味を知らないことが多く、また行間を読み取る訓練も積んでいないため読解に苦労しています。そして、これらは国語の問題集を通じて学習することでは決してありません。


最近の子供達に見られる社会や国語の基礎学力の低下の問題について、私は読書による家庭学習の欠如に根本的な問題があると考えています。本に接する機会は学校や塾で与えられるものではありません。幼い時から、童話に始まり推理小説や百科辞典、恋愛小説や歴史物語など子供達が興味をひく色々な題材に家庭内でどれだけ触れられる機会があったかにかかっています。いろいろな習い事に小さい時から通うのも結構ですが、それとは別に家庭内での読書を通じて新しいことに興味をもったり学んだりする機会を子供達に与えて欲しいのです。なぜなら、本を通じて今まで知らなかった世界を知り、興味をもつきっかけになるなど子供たちの知的好奇心が刺激をうけるからです。それはもしかすると将来の夢につながるかもしれません。また、物語を通じて喜怒哀楽の感情が豊かになったり、考える力が養われるなど読書には人間形成の基本をなす要素がたくさん詰まっているからです。私は幸いにも親が活字中毒だったため、幼い時から本に囲まれた家庭環境にありました。幼い時に読んだ本の内容は今でもよく覚えていますし、そこから興味を持ったこともたくさんあります。本を読んでいてわからないことがあると、辞書で調べてみようという習慣もつきました。最近の中学生が覚えるのに苦労している歴史を勉強として捉えたこともありません。歴史上の人物からいつもイメージするのは『小学館の日本の歴史シリーズ』に出てくる"あの顔のヒト"であり、何をやったかも物語を通じてしっかり残っています(ちなみにこの歴史漫画シリーズは歴史的検証に基づき描かれていて漫画というより百科辞典に近いです)。


塾の業界に身を投じていろいろな保護者の方とお話をすることが多いのですが、話をしていて何か釈然としないことも多々あります。学力を伸ばすことをなにかの技を身につけることのように捉えていて、その技を教えてくれるのが塾の役割と考えられている印象をもつことがたまにあるのです。しかし、学力を伸ばすというのはテクニックをつけることでは決してありません。簡潔に言えば、未知の問題を解決するための考える力をつけることです。塾の役割は考える力を養うきっかけ・題材を提供し、子供たちが自分の力でできるまでの手助けをすることです。逆に言えばそれくらいのことしかできません。そして、勉強を進める上で原動力となる好奇心・意欲を引き出すのはまずは家庭教育にかかっています。その時に親が自分の口で直接子供たちに話をする代わりに最も有効になるのが本なのです。(2014年1月31日)